今回は、初鹿野裕樹(はじかのひろき)氏の経歴、学歴などwikiプロフをご紹介します。
はじかのひろき氏は神奈川11区から小泉進次郎氏の対抗馬として出馬予定です。
警視庁の柔道指導者から警備会社顧問となったはじかのひろきさんのついて徹底調査しましたので、ぜひご覧ください!
はじかのひろき経歴wikiプロフ
初鹿野裕樹(はじかのひろき)さんの経歴は、
東海大学体育学部卒(2000年)
警視庁入庁 (2000年)
東京都柔道連盟
港区柔道会理事(2007年〜2012年)
台東区柔道会理事(2018年〜)
・審判副部長
・公認A指導員
・公認B審判員国政進出のため警視庁退官(2022年)
参政党国政改革委員就任(2023年〜)警備会社 顧問(2023年〜)
精密器械会社 顧問(2023年〜)引用:選挙ドットコム
はじかのひろきさんについては、はじかのひろきの結婚相手は?妻や子どもの家族構成を調査!でも詳しくご紹介していますので、ぜひご覧ください!
次にはじかのひろきさんの学歴について調査しましたので、ぜひご覧ください。
はじかのひろきの学歴
はじかのひろきさんは、2000年に東海大学体育学部を卒業されています。
大学では柔道部に所属していて、柔道の段位は7段です。
ちなみに、柔道でオリンピックに出る選手は3~5段なので、柔道7段がどれだけすごいかが分かりますよね!
はじかのさんは、小さいころから柔道を習っていましたが、とても弱く小学6年生まで1度も勝てたことがありませんでした。
はじかのさんが強くなったきっかけは、中学生の頃に友達とケンカをして負けたこと。
とても悔しい思いをしたはじかのさんは、父にどうしたら強くなれるのかと聞いたところ、「腕立て伏せをして筋肉をつけたら強くなる!」と言われました。
真面目だったはじかのさんは父の言葉を信じ、腕立て伏せを毎日欠かさずやるようになりました。
最初は30回しかできなかったのが、毎日続けていくうちに50回、100回、200回、1000回とできるようになったんだとか!
腕立て伏せを1000回やるなんて、ものすごい根性ですよね。
はじかのさんは、中学高校と6年間、どんなことがあっても毎日腕立て伏せとスクワットを1000回ずつやり続けました。
その結果、どんどん強くなり、試合にも勝てるようになったそうです。
とても真面目で努力家だということが伝わるエピソードですよね!
次に、はじかのさんが大学卒業後に警視庁に入庁し、柔道指導者になるまでの経緯を調査しましたので、ぜひご覧ください。
はじかのひろきの警視庁時代 柔道指導者に昇任
はじかのひろきさんは、大学卒業後に警視庁に入庁。
警視庁で柔道の選手として8年間現役生活を続けました。警視庁の柔道部は、世界一強い選手がゴロゴロいるような世界だそうです。
そんな中、持ち前の努力と根性で日々鍛錬していたはじかのさんですが、30歳の時に現役を引退。
その後は柔道指導者として、警察官に柔道を指導し、併せて逮捕術を取得しました。
年齢は18歳から70歳まで、階級は巡査から警視総監まで、あらゆる年齢と階級の警察官に柔道指導をしていたそうです。
仕事とはいえ、警視総監に柔道指導をするときは、さすがに緊張感があったと話していました。
警視庁の柔道指導者の仕事はとても優遇されていて、住む家が用意され、冷蔵庫・洗濯機・電子レンジなど何でもそろっていて、職場への送迎やお世話係のような人もいたそうです。
年収も8桁(何千万)だったんだとか!
恵まれた環境だった警察官を辞めて政治家を志したはじかのひろきさん。国政に対する熱い思いを感じますよね
はじかのひろきさんついては、はじかのひろきの両親と「初鹿野」の家系を調査!でも詳しくご紹介していますので、ぜひご覧ください!
次にはじかのさんが、警察を辞めて政治家になった経緯について徹底調査しましたので、ぜひご覧ください。
はじかのひろきの現在 警備会社顧問から衆院選立候補
はじかのひろきさんは2022年12月28日に警視庁を退庁しています。
警察を辞めて政治家を志す大きなきっかけとなったのは安倍晋三元総理の件。
はじかのさんは直接は警備には関わっていませんが、警察として助けることができなかったことがとても心苦しかったそうです。
その時から、自分でもっと何かできることがあるのではないか?と思うようになり、すぐに就職活動を始めて、警備会社顧問と精密器械会社顧問の非常勤の仕事を見つけました。
次の仕事が決まり、8月には辞表を出したはじかのさんですが、突然のことに同僚や上司から、もう一度考えなおしてほしいと引き止められたそうです。
はじかのさんが職場でとても慕われていたことが伝わってきますよね!
決意が固かったはじかのさんは、上司を説得し、2022年12月28日に警視庁を退庁しました。
警察では規則や縛りも多く、困っている人を泣く泣く見放さなければいけない場面もあり、ずっと罪悪感を抱えていたというはじかのさん。
だからこそ、政治家として、「地方で、住民に寄り添って、どんなことでも聞きたい」と思っているそうです。
警視庁で柔道指導者として上司や同僚、後輩からも慕われていたはじかのさん。
その環境を捨ててでも、「地域の人の役に立ちたい」「日本の子どもたちの未来を守りたい」という熱い信念があります。
はじかのひろきさんの今後のご活躍を楽しみにしています!
最後まで読んで頂きありがとうございました。